『愛するということ』から、愛は技術であることを学ぶ

『愛するということ』を読みました。

 

「誕生から死まで、日曜から土曜まで、朝から晩まで、全ての活動が型にはめられ、あらかじめ決められている。このように型にはまった活動の網に捕われた人間が、自分が人間であること、唯一無二の個人であること、たった一度だけ生きるチャンスをあたえられたということ、希望もあれば失望もあり、悲しみや恐れ、愛への憧れや、無と孤立の恐怖もあること、を忘れずにいられるだろうか。」

という文中の問いかけは核心をついていて、
私たちは自分らしく生きようと言いつつ、
知らないうちに誰かの手のひらで転がされているのかもしれません。

 

・「愛は行動であり、人間的な力の実践であって、自由でなければ実践できず、強制の結果としてはけっして実践されえない。」

・「愛とは、特定の人間にたいする関係ではない。愛の一つの「対象」にたいしてではなく、世界全体にたいして人がどう関わるかを決定する態度、性格の方向性のことである。」

・「愛は誰かに影響されて生まれるものではなく、自分自身の愛する能力にもとづいて、愛する人の成長と幸福を積極的に求めることである。」

 

 

などの愛に関する記述とともに、

「人を愛するという社会的な本性と、社会的生活とが、分離するのではなく、一体化するような、そんな社会をつくりあげなければならない。」

と締め括られているように、
愛は本能的に”そこにあるもの“である一方で、
生きていく過程で“進化していくもの”だからこそ、
愛は技術であるという前提が成り立つんだと思いました。